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レパートリーの多さ

何事にも引き出しの多さは重要だと前から思ってたんだけど、最近それをよく痛感する。
中身の充実度も必要だけど、研究の分野だと引き出しの数だけとにかく多く持っておくというのも重要だと思ってて、中身は最初は充実してなくても良い気がしてる。
それで、いつの日か自分の研究で、「ここでこの技術使えるやん」と閃いたときに改めて勉強したらその時にやっとその引き出しが埋まる。


偉人は引き出しの数も凄いけど、その中身の充実度も凄い人のことを言うんだと思う。
例えばうちの研究室の先生がそうだと思ってて、最近のミーティングで研究の相談したときに「ここでこの技術使えるやん」と言われてそのままつらつらとホワイトボードに数式書かれたんだけど、僕にとっては初めての内容で何を言ってるんだこの人はという感じだった。
でもその後その内容の勉強して、少しは理解できて自分の研究にも取り入れられたからこれで一つ引き出しが増えたし同時に中身も充実した気がする。


あと、3年前くらいに他の分野で使ってた技術を今の研究に組み込めると思ったりしたときは自分天才かもと思ったりすることがちょっと前にあったけど、今考えたら別に大したことないっぽい。
でもこれもその引き出しを持ってたから実現できた話だと思う。


こういう話は研究に限らずプログラミングもそうだし、英会話とか音楽とかスポーツとかでもそうだと思う。


あと別に先生は関西弁じゃない。